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「産後高血圧に桂枝湯」

2012.06.02 16:44|傷寒論
15「太陽病.下之後.其氣上衝者.可與桂枝湯.方用前法.若不上衝者.不得與之.」

最初に下すことが、日常の治療方法だったのでしょう。
薬草を手に入れるより、下すことが家でできる治療であり、この時代の衛生状態からすると下剤が一定の効果があったと思われます。他にも下した後の条文があります。
下すことが誤治の場合には、「後」は使われません。
之を下す理由については、陽明病があったというよりも、上記したように健全な人が病気になったら下すことが、この時代の常識と考え、医師が下すことを判断した場合と下してから治らないので医師のもとを訪れた場合も考えられます。
現代的には、胃腸炎となり、その中でも寄生虫や食中毒が対象となり、細菌やウイルスの場合は違います。

気が上を衝くということは、動悸、胸痛、頭痛、のぼせ、不安など胸から上の部分に異常が現れることを言い、この場合に桂枝湯を使います。

下すことで太陽病が解した後に、気の上衝が現れるということは、どのような状況でしょうか。
最初は、排便による迷走神経反射かと考えました。
迷走神経反射では、血管に分布している迷走神経を刺激して血管が拡張して循環血液量が減少し、     血圧低下、冷汗、気分不快、顔面蒼白、徐脈、失神などの症状が現れることがあります。
静かに横になっていれば数分で治ります。

除脈ですから、脉証は遅
循環血液量が減少しますから、脉緩または弱
冷汗は、汗出。
顔面蒼白であうから、陽気虚です。

一見、陽気虚となり桂枝湯の適応となりますが、桂枝湯が副交感神経亢進させるとなると、不適応となります。
また、迷走神経反射は数分静かにしていれば治るので、やはり違うでしょう。

下すことで急激に体力と津液を失い、動悸、めまい、ふらつきなどの症状が現れたのでしょうか。
この場合も、陽虚です。

しかしこの太陽病は、陽実症です。
邪実が其気上衝となります。
そしてこの邪実を桂枝湯が治します。
この気の上衝を交感神経の亢進とし、桂枝湯の中枢神経抑制により治るという解釈をしたいのです。
それに該当する実際の病気には、産後高血圧があります。
出産と下すことを同様な行為として考えるのは医学的には間違っているかもしれませんが、漢方的には「排出する」ことは同じと考えても良いのではないでしょうか。
現代には、この時代のような下剤の使い方をしないので、この条文のような状況をそのまま経験することはないでしょう。
赤ちゃんという陽気を出産した後、この状況の一時的な興奮が出産後にも継続し、この結果高血圧となります。しかしこの陽実の状態は時間の経過と共にゆっくりと沈静化し、高血圧も正常に戻ります。

この産後高血圧に桂枝湯を使用した経験が必要となりますが、私は持っていません。
一般的には、気の問題だけとは考えず血虚、腎虚、瘀血となりますが、それらに該当する症状がなく気の上衝だけならば、桂枝湯を使用し、その結果によりこの条文の解釈が判断されます。
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「桂枝加葛根湯は、麻黄が必要か否か」

2012.05.27 08:54|傷寒論
14「太陽病.項背強几几.反汗出悪風者.桂枝加葛根湯主之.」

首筋から背中にかけて強く凝っています。これぐらい僧帽筋が張っている場合は、骨格筋に血液が充満しているのですから、皮膚組織の毛細血管は収縮し汗腺も閉じている状態が普通です。しかし、今この患者さんは汗が出て悪風です。この場合は桂枝加葛根湯となります。

太陽病において、骨格筋がある程度張りがあるということは、皮膚の毛細血管は収縮し、汗が無いことが普通と考えています。
項背強几几無汗悪風は葛根湯となります。
骨格筋の強張りが急激に起こると体痛となり、無汗悪風は麻黄湯になります。
このように太陽病において発熱に向かう場合、交感神経はα受容体よりβ受容体を刺激し、骨格筋の血管の拡張により張りが生じてきます。
背中の一番表層にある骨格筋が僧帽筋です。
この僧帽筋の状態から、身体が発熱傾向に向かっている程度を観察しています。
反対に発汗は、熱の放散ですから、身体が解熱に向かっていることを示しています。

汗が出ていることで、これ以上の発熱は無理ということです。
体のシステムは、僧帽筋の熱生産に対し放熱の発汗のスイッチをONにしています。
しかし発汗があれば骨格筋の張りは軽減するはずです。
つまり骨格筋の張りに対し発汗による骨格筋内の血流の改善が進んでいないことになります。
それとも発熱を継続するということでしょうか。

麻黄の主成分であるエフェドリンは、α<β受容体活性を示す混合型交感神経興奮薬です。
つまり麻黄は骨格筋の血管を拡張し熱生産を亢進します。
発熱があり、目標体温まで上昇する必要があれば、麻黄が必要になりますが、どうでしょうか?
それを考えるには、前条と比較してみましょう。
13条は「頭痛発熱汗出悪風」ですから、骨格筋の張りはありません。それは体温が目標体温付近にあることになります。
前条に対し、この14条は僧帽筋の緊張が有るので、目標体温に達していないと考えると、麻黄を使用していると考えられます。
ここで麻黄を使った為、発汗が止まらないという状態が桂枝加附子湯の条文になります。
汗が有るのに麻黄を使うことのリスクがあることを知っています。
イメージは、「汗は有るけれども麻黄を使う」となります。

問題のネーミングです。桂枝加葛根湯と葛根湯の構成生薬は同じです。
記載されている生薬の順番が違います。
太陽病中編に書かれている葛根湯では、4つの条文がグループとなっています。
この14条は桂枝湯のグループです。
この状態がどのグループに入っているかをネーミングで表現していると考えます。

一般的には、桂枝加葛根湯は桂枝湯+葛根になっています。汗が出ているから麻黄は使わないと解釈しています。それは、麻黄を発汗剤という一面だけで見るからです。麻黄の主成分はエフェドリンで、発汗剤ですが、その他に心拍出量の増加、気管支の拡張、中枢性興奮などがあり、これらにより熱生産が亢進し、目標体温に到達しなければならない時の使用、または発汗を徹するための使用方法となります。

桂枝加葛根湯を桂枝湯+葛根と考える場合、
葛根の主要成分は、マメ科植物に多いイソフラボン化合物のでん粉です。この薬効はダイゼインの抗痙攣作用とかではなく、くずのでんぷんがその他の生薬の成分を包み込み、作用時間を延長させることにより効果を増幅しているのではないでしょうか。
汗が出ているので、桂枝の作用を増幅するために葛根を追加したと考えます。

この問題の最終判断は、脉証になります。

脉証に緊張感が現れれば麻黄が必要になり、緩んでいれば麻黄は必要なく葛根だけでよいとなります。
外寒が強いために項背強几几となる影響と発汗による影響が相互干渉した結果が脉証に現れます。
13条の脉証より、緊張感が少しだけ高ければ葛根を使い、更に緊張感が高ければ麻黄が必要になります。
葛根湯を使用するときの脉証より発汗の分だけ緊張感が少ないとも言えます。

上記のように考えると項背強几几において、有汗無汗どちらであろうと、脉証が緩というより緊に近ければ葛根湯を使います。

この条文のように、項背強几几と汗出は矛盾した症状です。
でも現実の病気は、そんなものです。
桂枝湯と葛根湯のどちらでもない、判断が困難な症状に対し、確定ができない条文をあえて記載していると考えるのは、深読み過ぎでしょうか。

「桂枝と麻黄は辛温なのに、現代薬理作用では反対だ。」

2012.05.26 16:58|傷寒論
13「太陽病.頭痛発熱.汗出悪風.桂枝湯主之.」

太陽病です。竹簡ですので条文の先頭には分類として「太陽病」と書かれています。
汗が有ることを確認します。一番簡単な方法は、手のひらを机またはガラスに押し付けてから離すと、手の跡が残ります。この場合は汗が出ていることが確認できます。しかし職種によってはダメな人もいます。美容師、調理師など仕事で手よく使う、物を持つ仕事によって手のひらが硬くなっているなどです。紙を扱う仕事でも手のひらが乾燥します。
悪風ですから、さむけが有ることも無いこともあります。
発熱は、体温計の測定した体温だけではなく、脈が早ければ発熱と判断します。
脈が早いことは脉数です。これは心拍数が増加したのですから、骨格筋に血液を送り熱生産の増加へのスイッチが入ったことを示しています。
ですから、この条文は「少し頭が痛い、少しさむけがする、手のひらはしっとりしている、脈は早い。この場合は桂枝湯となります。」

この状態は、風邪の引き始めでもあり、軽い風邪でもあり、風邪の完治一歩前でもありえます。
傷寒論の条文は、風邪という病気を判断しているのではなく、その時の身体の状態を判断しています。
頭痛は何を意味しているでしょうか。
発熱して汗が出ていますから、これ以上の熱生産はしません。しかし悪風ですから熱量と放熱量のバランスを取るために上下しています。この状態における頭痛です。
前条を見ると「鼻鳴乾嘔」があります。
この条では「頭痛」です。
どちらも桂枝湯で治る症状となります。
ここから桂枝湯の作用を考えると、鼻水が出るのは鼻粘膜の充血があり、乾嘔は胃腸の動きが低下しています。それを桂枝湯が治すということは、血流の改善が交感神経の抑制または副交感神経の亢進になります。
そしてそれは頭痛に対しても、同じ理由から頭の充血が改善されると考えられます。

桂枝の効果のイメージがハッキリさせる必要があります。
性質は辛温、これは麻黄と同じです。
その薬理作用においては、違いがあります。
桂枝は交感神経抑制(副交感神経亢進)、麻黄は交感神経亢進を基本と考えます。
発汗作用について考えます。
基本的に汗腺は交感神経単独の支配です。
つまり汗腺に直接桂枝が影響することはありません。
麻黄が強い発汗剤で、桂枝が弱い発汗剤ではないのです。
それは無汗のときに桂枝を使ってはいけないことから分かります。
桂枝は、皮膚の末梢血管を拡張し、汗の製造を促進するため、発汗量を増加させることができます。
これは桂枝に発汗作用はなく、あるのは汗製造促進作用ということです。
そのため無汗の状態で桂枝を服用すると、体内の血液分布を体表面に移動させようとしても、無汗である体表では血液を受け入れられなく、行き場所が無くなった血液は、中心を頭へ上り動悸と頭痛、鼻血となってしまいます。

桂枝は副交感神経の亢進作用なのか、交感神経の抑制作用なのか、ということになり、麻黄とは全く反対の作用を持つことになります。
しかし血流だけで考えると、それぞれの場所によって血流を増加させることになります。
麻黄は中枢神経興奮作用であり、桂枝は中枢神経抑制作用(副交感神経亢進)により、直接的な発汗と汗の製造亢進という効果が、麻黄単独の使用より発汗が増強することになります。
アクセルとブレーキを同時に踏み込んでいることになりますが、それもありでしょう。

「陽浮者と陰弱者とは? 悪風と悪寒の違い」

2012.05.21 21:57|傷寒論
12「太陽中風.陽浮而陰弱.陽浮者.熱自發.陰弱者.汗自出.嗇嗇惡寒.淅淅惡風.翕翕發熱.鼻鳴乾嘔者.桂枝湯主之.」

太陽中風とは、状態を表していて、太陽病のようにグループ名ではまく。元気な人の病気の状態が熱生産と放熱の状態があることを指しています。
その状態の内容は、放熱より熱生産が多い場合は、脉浮となります。これが陽浮の者、自ら熱を発しです。そして熱生産より放熱(発汗)が多くなると脉が陽浮の時と比べて弱くなります。これが陰弱の者、自ら汗が出るとなります。
発熱も発汗も「自」と書かれていることは、何もしないのに自然に現れることになります。

それ以外の「嗇嗇惡寒.淅淅惡風.翕翕發熱.鼻鳴乾嘔者」を見てみましょう。
 嗇嗇悪寒 淅淅悪風 翕翕発熱について。
淅淅(セキセキ)とは「風の音、鈴などがチリンチリンという音の形容」
   つまり「そよそよと悪風」
嗇嗇(ショクショク)とは、「いやしい、むさぼる、つむ、ひかえめ」
   來(らい)と亠回(りん)。來は農作物、亠回はそれを収蔵する穀物蔵。
        蔵に入れて散じないことから、倹嗇の意味になる。
   それらより、「体熱を閉じ込めておきたい為の悪寒」
翕翕(キュウキュウ)とは、おこる(鳥が飛び立つ、多くのもの一斉に起こる)とは別に翕翕―職責を尽くさないさま。
   翕翕・訾訾、莫供職也。(後漢書)
      訾訾(シシ)は「怠惰で職務を勉めないさま、ああと嘆きの言葉」
      莫は「おそい、くらい」
      供は「すすめる、そなえる」
   これらより「だらだらとした様子の発熱」
整理すると
「身を縮めるようなしぐさをしている悪寒がある」汗はありません。
「風がそよぐように、たまに悪風がある」このときに汗があります。
「他の人から見るとやる気のなさそうな感じの発熱」なので微熱です。

悪風と悪寒の違いは何でしょうか?
風は、その様子を表しています。直訳すると「風を嫌う」となります。
風は常に吹いているのではなく、波があります。
「風が吹いていると、さむけがする」
風が吹いているとさむけがして、風が無いとさむけはしません。
結果、悪風は、悪寒が有ったり無かったりする状態です。

寒は、気温のような状態を表しています。
悪寒は、ずーと継続的にさむけがすることです。

悪寒と悪風の違いは、寒く感じる強弱の違いではありません。
  悪寒は、寒い感じが継続している。
  悪風は、寒いと感じるときと感じないときがある。断続的である。
ということです。

 この太陽中風の状態は、たぶん自分でも気が付かない程度でしょう。さむけや、熱も多少ありそうです。少しむかつきもあり、なんとなく体がしんどく仕事がテキパキできません。脈を診てみると、浮です。様子を見ていると汗が有るときと無いと時が有り、汗が有るときには脉は少し弱くなりました。悪寒だったり悪風だったりして、さむけの感じ方がバラバラです。
体は治りそうで治らないという綱引きをしている状態です。
この時には桂枝湯で発汗を促してやりましょう。
この状態は、風邪の引き始めの状況か、または病気で会社を休んだ後なんとか治り出社したが体がつらいような状況です。


この太陽中風の脉の表現が陽浮而陰弱でした。これに対し傷寒では脉陰陽倶緊です。
中風では、「陽浮の者は熱を自ら発し、陰弱の者は汗を自ら発す」と書かれています。これは病人の状態が、発熱して体温が上昇している状態と、発汗により解熱している状態があるということです。病状が一定ではないということが分かります。
これに対して傷寒の脉陰陽倶緊とは、脉緊のみであり、中風のように病状が変化するのではなく病の状態は一定であることを表しています。
傷寒は陰と陽が対等であり、太陽中風は陰<陽、陰>陽となる状態があることを示しています。

この後に桂枝湯の中心となる条文があります。
本来この本条文は次の条文の後に記載される順番ですが、この傷寒と中風の違いを明らかにするために、3「太陽病.或已發熱.或未発熱.必悪寒.體痛嘔逆.脉陰陽倶緊者.名爲傷寒.」の次に記載されています。実際には、間に仲景以後の医師による条文がいくつも書き加えられています。
このように桂枝湯で治る病態の条文なのですが、傷寒と中風の陰陽の説明のために前に持ってきたのです。
ならば、最初の中風の条文中に書き加えられたほうが、分かりやすいのでは?
最初の段階では、
1「太陽之爲病.脉浮.頭項強痛.而悪寒.」
2「太陽病.発熱汗出.悪風脉緩者.名爲中風.」
3「太陽病.或已發熱.或未発熱.必悪寒.體痛嘔逆.脉緊者.名爲傷寒.」
と3条目の「陰陽倶」は無かったのではないでしょうか。
脉浮、脉浮緩、脉浮緊となり、分かりやすい関係になります。
しかし分類された桂枝湯の対象症例に、この条文のような症例が有り、そこで「陽浮の者は熱を自ら発し、陰弱の者は汗を自ら発す」と解釈し書かれ、それに対し傷寒では「陰陽倶」という病理が加えられたと考えます。
そしてこの傷寒の陰陽倶と中風の陰と陽に分かれる考えは、傷寒論の最後まで貫かれています。


「最初条文の「太陽之為病」と「名為中風」と「名為傷寒」の関係は・・・?」

2012.05.20 11:29|傷寒論
1「太陽之爲病.脉浮.頭項強痛.而悪寒.」
普通の人が病気になったなら、脉は浮になり、頭と項が強痛し、悪寒がします。
2「太陽病.発熱汗出.悪風脉緩者.名爲中風.」
前条の病気の人が、発熱して汗が出て、時折悪寒がして、脉が浮緩になった場合は、中風という状態です。
3「太陽病.或已發熱.或未発熱.必悪寒.體痛嘔逆.脉陰陽倶緊者.名爲傷寒.」
1条の病人が、発熱していてもしていなくても、悪寒があり、体痛とむかつきが有り、脉が浮緊の場合は、傷寒という状態です。
ここに仕掛けがしてあります。脉陰陽倶緊です。これは桂枝湯の条文に陽浮而陰弱の太陽中風の説明に対し、傷寒では陰陽倶緊であると説明文を入れています。
4「傷寒一日.太陽受之.脉若靜者.爲不傳.頗欲吐.若躁煩.脉數急者.爲傳也.」
傷つけられるほど寒い1日があった。元気な人が之を受けた。もし脈が変化なく静かだったら寒さに影響されず元気さが勝っていました。むかつきが有るか、または体が落ち着かないようにざわざわする感じが有る場合に、脈が速くなっている者は、体が寒さに影響されています。

人は冷たい外気に触れると、その皮膚は緊張します。
その時、皮膚の毛細血管は収縮します。そして寒さを感じます。
しかし、これがすぐ病になるわけではありません。
人によっては、身震いだけで終わる人、寒い寒いと言いながら元気な人がいる反面、スーパーの生鮮食料品のコーナーにいるだけで頭が痛くなる人、寒いと感じたらすぐに風邪を引く人などいろいろな人がいます。それはその人の体が低い気温に対処できる力が有るが無いかによります。
それらのストレスに、体が負けると病気になります。
病気になったかを見極めるのは、まず脉の変化です、変化がなければまだ正常です。
また、なんとなく食欲が減退するか、体が窮屈なイライラ感が有り、脈が速くなっていれば病気に踏み込んでいます。
正常な脉といいますが、外気温の影響を身体が受けるのですから、脉は冬なら沈、春なら弦、夏なら大、秋なら毛となるように、季節によっても変わります。寒い場合は脉沈から始まります。
ですから脉沈で寒くても、その他の身体に違和感がなければ傷ついていません。
しかし少しずつ傷ついてくると、寒さ以外にも症状として感じることができます。
その一つが、食欲減退です。なんとなくケーキを食べたく思わない。
体がざわざわする、落ち着いて静かにしていられない、などです。
急に交感神経が亢進するので、消化器系の平滑筋が緊張し、運動が停止するためにむかつきが現れます。それは同時に心拍も亢進するため、脈拍数が増加します。
この神経の変化を最も早く診ることができるのが脈の変化なのです。
心筋の活動電位の増加が拍出量を増加し、その電位は動脈の平滑筋に伝導し、脈波が大きくなり、それが脉浮になります。最初に一番大きい僧帽筋が熱生産作業に入ります。皮膚の毛細血管は収縮し、骨格筋の毛細血管は拡張することにより、骨格筋には血液が充満します。そのために筋肉は膨張し硬くなります。そして熱生産が始まります。
それは全身の骨格筋で起こり、発熱となります。
そしてこの熱生産は、ある目標の体温になるまで継続され、その状態を傷寒と言います。
心拍出量は増加し、動脈内の血液量は増加するため、橈骨動脈の脉証は大になりたいのですが、橈骨動脈の回りの皮膚は寒さのため緊張しているので、橈骨動脈を圧迫し、結果脉緊となります。
目標の体温に達すると、放熱が起こります。これが発汗です。汗腺は交感神経のアセチルコリン作動性で、副交感神経の支配は受けていません。(この交感神経における発熱と発汗の相互関係は分かっていません。)
これは交感神経が熱生産を指示しながら、同時に放熱も指示し、体温調節をしていることになります。汗を生産するために皮膚の毛細血管は拡張し、皮膚自体も緊張が無くなり、熱生産も低下し、心拍出量も低下するため、脉証は大にならずに緩になります。
この状態を中風といいます。

傷寒の脉陰陽倶緊の意味は、中風の脉証と比較します。
太陽中風に陽浮而陰弱の桂枝湯があります。
そのところで説明します。

太陽の病と太陽病の違い・・・Aの病をA病と名付けています。
A=太陽とは・・・生理機能が健全な全身です。自律神経やホルモンなどが正常であり、病気に対して生理機能が正常に対応できることを意味します。

脈診の難しいところは、脉証はいろいろな影響の総和としてその様子を表現したものであり、条文に書かれている脉証はその状態の特徴であり、条文に脉証が記載されていなくても身体の状態が決まれば脉証も決まってきます。季節などの環境の変化に対しても脉証は変化しますが、実際には総和から脉証を推察するのではなく、脉証の特徴が何によるものかを推察することになります。
例えば、冬の脉沈の状態において太陽病脉浮の病気になれば、実際の脉証は平になる場合があります。
沈+浮=平(沈=浮)
沈+浮=沈(沈>浮)
沈+浮=浮(沈<浮)
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